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執行役員 安富 眞理子

『困ったときのりんごさん』として

 西東京市富士町でスタートした『りんごの歌』は現在では5事業所となりました。


 戦後に大流行した並木道子が歌う『りんごの唄』を利用者の方で知らない人はいません。 私は戦後の混乱期に、大変であっても今日よりも明日、明日よりも明後日がきっと良くなると 信じる希望の歌だと感じていましたので、80歳になっても90歳になっても「明日が今日より 良い日になるといいね」という思いで過ごしていただきたいといった気持ちから『りんごの歌』と 名付けました。


私の介護経験は、そう辛いものではありませんでした。父が亡くなった後、認知症が進んだ母と過ごし ている時期に、一番頼りになったのは近所に住むかつてのママ友たちでした。 地域で一緒にPTA活動をやっていた友人たちも時期を前後して親族の介護が始まり、子育ての時に互いに 助け合い、情報交換をしてきたように、介護についても預けたり、預けられたり、一緒に集まって 食事を作って食べたりしました。子育てをあらかた終わった娘が4人、認知症の始まった母親が4人というグループでの旅行にも 何度か行きました。

子育ても介護も一人で抱え込まずに、助け合える人たちがいたことが私にとって幸いなことでした。


『りんごの歌』は私が助けられたように、介護をするご家族が手助けが欲しい時に使って頂けるよう な便利な場所であることを目指してきました。「いま、ここで」必要なサービスを提供することが、社会のセーフティネットから零れ落ちてしまう『困ったこと』を受け止めることだと考えてきました。


おかげで地域包括地域支援センターの方からも、 ケアマネ―ジャーさんからも「困ったときのりんごさん」と言われるようになりました。 困ったときに「りんごがある」思っていただいてこそ『りんごの歌』に価値があるのだと思っています。

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